57577 Bad Request

故障中のエレベーターで旅をする

ここへ来た理由

ところがこの無言劇役者が限界を踏み外しているのは、「赤き死」の化身を気取っているところにある。

(「赤き死の仮面」エドガー・アラン・ポー 巽孝之訳)

 

かつて一度も会ったことがないし、姿を見たこともなく、想像したことさえないものだけが、私を扉の向こう側に連れ出すことができる。
その役目を担う資格を失ったものたちが、日々私のまわりに家具や草花や仲間たちのように増えてにぎやかになっていく。でもかれらのほんとうの仕事は、私を扉の向こうへ連れていくことだったのかもしれない。その出会い頭の、一度きりの機会を逃したのち、ここにとどまることを自ら選んだのか、あるいは運命が勝手に決めたのかはわからないけれど、今ではみんな模様みたいになじんで、私の見る景色に欠かせない一部になっているみたいだ。

この世界をつくっているのは、自分がここへ来た理由を忘れてしまったものたちばかり。私も例外ではなく、この世に送り出され、世界のことを何も知らなかったときには、かわりに体の中をただひとつの使命で満たしていたように思う。幸か不幸か取り逃がしたのだろうその千載一遇の機会について、私はもはや欠片も思い出すことはないのだけれど。