57577 Bad Request

故障中のエレベーターで旅をする

わたしのいない文章

すれ違う列車に俳句が書いてある むこうもこっちを読み上げている/高柳蕗子

『かばん』2020年7月号

 

この世には無数の列車があるが、人を乗せている列車はその中のほんの一握りで、さらにそのうちの一本だけがわたしを乗せている列車だ。
そこまで話を絞り込んでも、わたしについてまだ何も語ったことにならないどころか、話の入口にさえ立てていない気がする。
きっとわたしを乗せている列車は、最後までわたしをひと言も説明しないだろう。わたしのほうが列車を説明する文章の中の一文字になる可能性が、わずかに残されているだけだ。
一文字としてそこに組み込まれているわたしは、文章の全体を読むことができない。
わたしに読むことができるのは、わたしがそこにいない文章だけである。