鏡の人生
すると、鏡がこたえた。
后よ、あなただ。
しかし、七つの山むこう、
七人の小人の家にいる白雪姫が、
もっときれい。
(「白雪姫」ヤーコプ・グリム ヴィルヘルム・グリム 池内紀訳)
映画「カリガリ博士」は1920年の制作。つまり「カリガリ博士」がつくられてから私が誕生するまでよりも、私が誕生してから現在までに経った時間のほうがすでに長い。
そう気づいたとき、私は何かカリガリ博士に「追いついた」ように感じたのだが、誕生で折り返してどんどん過去に手が届いていくようなこの錯覚は、人生を鏡のようなものだと捉える見方に支えられているのかもしれない。
その鏡は私が生まれた場所に立て掛けられており、鏡から遠ざかるほど映り込む景色がひろがっていく。かわりに私の姿が小さく縮んでいって、やがてそこに自分がいるのかもあやしくなった景色は、現在という時間からもやいを解かれ、無数の過去の写真と映像の中を漂いはじめるのだ。