57577 Bad Request

故障中のエレベーターで旅をする

2019-01-01から1年間の記事一覧

人魚

旅客機を乾かしながら膝枕/暮田真名 『川柳スパイラル』第5号 われわれが思い浮かべる乗り物のほとんどに顔があるのではないだろうか。飛行機はさらに両腕=つばさまで持つことで、人にも鳥にも見える姿を獲得している。だが視線をさらに奥へと進めれば、…

スクリーン

東京で最も壮麗な地下食堂といえば、東大本郷の安田講堂地下にある地下食堂だと思う。とにかくだだっぴろいのだ。地上から地下へ向かうときの何とはない暗さもスリリングだが、この地下食堂にはいると中空に長い橋(ブリッジ)がわたしてあって、そこを越し…

家の中の立体と、家の外の平面

歩行者用押ボタン式信号の青の男の五歩先に月/斉藤斎藤 『渡辺のわたし』 月や太陽はもちろん、星にせよ雲にせよ鳥や飛行機にせよ、青や橙色や灰色、藍色や黒に染まった空の色彩そのものにせよ、空に存在するものはわたしたちに割り込んでくる。空というの…

人形の国

「……俺は今だと思った。この好もしい姿を永久に俺のものにして了うのは今だと思った」 (「白昼夢」江戸川乱歩) 人間がせわしなく動き回る理由について、考えてみることにしよう。人間は写真に撮ってもおとなしく人間の姿を保っているし、名前なり顔なりを…

反映の景色

マドンナのわきの下のメロディーが大根切るとうっすらながれる/杉山モナミ 『かばん』2019年12月号 人体は、人体に似ている。手の指は足の指に似ているし、膝は肘に、唇は肛門に、歯は爪に、尻は胸に。似ていることが絶えず折りたたみ、重ね合わせ、わたし…

花とナイフ

わたしが住みたがる家は、たいてい軒がかしいでいて、かわらはくずれかけ、庭には雑草がおいしげっている。ときには、古い家の窓が本物の船からとってきた丸窓だったりして、わたしをよろこばせる。 (「ふしぎな風景」鈴木いづみ) 目の前にいる人とは、文…

書き足す町

韻文として構想されながら、事後的にただ一箇所でリズムの乱れている複合文、およそ考えうるもっとも美しい散文を生み出すのは、そのような文章である。 (『この道、一方通行』ヴァルター・ベンヤミン 細見和之訳) ある町にまとまった年月暮らせば、突然櫛…

落差と幽霊

昭和五十二年ごろ、福島県郡山市富田町の東北歯科大学の人工の滝に、深夜になると女の白い影が立った。複数の守衛や看護婦たちが目撃した。お祓いをしてから出なくなった。 (『都市妖怪物語』室生忠) 短歌とは滝のようなものだ。上流から下流へのなめらか…

お金を出すボタン

私は自分の身の回りにいる人とはなるべく争い事をしたくないというのが本音です。だから私は上司にはよく好かれました。そのかわり同僚からは嫌われていたと思います。誤解のないように、もう一度言っておきますが、私は好きで上司から好かれていたのではあ…

テレビは顔である

記者会見、テレビの連中のなかにハンサムだけど何も知らないやつがいて、ぼくのことを嫌いだという態度が丸見えだったから、こっちもひどく無礼にしてやった。 (『ウォーホル日記』P・ハケット編 中原佑介/野中邦子訳) 顔はテレビだ。言いかえれば、テレ…

有罪はあかるく、無罪は暗い

最初の一枚をひろげた。旅行家は賛辞を呈するのにやぶさかでないつもりだったが、紙の上には迷路じみたものがあるだけだった。いくえにももつれあった線がびっしりと紙面をうめていて、白い余白をみつけだすのさえひと苦労というものだった。 (「流刑地にて…

出口と入口

ぼくたちは婚約を解消した。「じゃぼくたちはこれで」 男はカラになったグラスを置いて、ぼくの婚約者だった女と店を出た。(「時間をかけた料理」津山紘一) たいていの出口はたんに入口を裏返しただけのものだ。だから入口さえしっかり握りしめ手放さなけ…

絞られたチューブ

「猫投げるくらいがなによ本気だして怒りゃハミガキしぼりきるわよ」/穂村弘 『シンジケート』 短歌は一般に、定型という容器に言葉を詰め込んだものだと思われがちだが、短歌はほんとうは、中身を絞って使いきられた歯みがき粉のチューブに近いものだ。 一…

名前を呼ぶ

「離歌と書いてリジンと読むんだ。おわかれの意味だよ」 (『夢日記』山中千瀬) わたしに思い出してほしいなら、あなたはわたしの名前を呼ぶべきだ。人は自分の名を呼んでくれた人のことはけっして忘れない。わたしの名前を呼ぶことで、あなたは最初にわた…

歌には裏があるよ

でも確かに、まみにはどこか時間感覚を狂わせるところがある。一緒にいると、目の前の出来事が想い出か未来の予兆のように距離感がブレて感じられるのだ。 (「手紙魔への手紙」穂村弘) みんなが少しずつ短歌のまねをして、クリームソーダやウスターソース…

アイスココア

きいてみてわかったことは、その話を知っているものが、意外に多いということだった。――とすると、かなり有名な話にちがいない。趣味で怪談を集めたこともある私が、どうして今まで知らなかったのだろう? (「牛の首」小松左京) 他人の名前で町を歩いてた…

建物には内側しかない

「でも、狂ったひとのとこへなんて行きたくないわ」とアリス。 「いや、そういうわけにはいかんね。このへんじゃ、だれでも狂ってるんだ。おれも狂ってるし、あんたも狂ってる」 (『不思議の国のアリス』ルイス・キャロル 矢川澄子訳) 建物というのはどれ…

未来

百年で変わる言葉で書くゆえに葉書は届く盗まれもせず/我妻俊樹 『誌上歌集 足の踏み場、象の墓場』 わたしが一度でも心で考えたり味わったことのあるものを歌にうつすと、それを歌も考えているように見えるが、その考えはわたしの考えなので、わたしが歌を…

鑑賞することは制作と同じように興奮して疲れる。他人の作品を観ながら、自分の頭の中では対象をなぞりながら描いているからだ。 (『人工庭園』横尾忠則) 短歌を読むことは、暗闇で建物の中を歩くことのようだ。文字は頭の中に響く声である。ドアを開けて…

鏡の人生

すると、鏡がこたえた。 后よ、あなただ。 しかし、七つの山むこう、 七人の小人の家にいる白雪姫が、 もっときれい。 (「白雪姫」ヤーコプ・グリム ヴィルヘルム・グリム 池内紀訳) 映画「カリガリ博士」は1920年の制作。つまり「カリガリ博士」がつくら…

戦争

カリガリといい、ユビュといい、これら無意味な人物の名前は、いずれも時代精神と不可分のものであり、戦争や独裁政治の世紀を背景として、はじめて一つの意味をおびてくるようなネガティヴな名なのである。 (「カリガリ博士あるいは精神分析のイロニー」澁…

バナナ

終了後、舞台の電気を消しにマネージャーが出て来たので、三人で舞台の端に坐りバナナを食べた。彼女は「王と長嶋はどうだったの」と野球の結果を気にしていた。 (「蒸発旅日記」つげ義春) 包帯とセロテープで自分が作れる、という話を友達にした。友達は…

池は玄関の横手にある。広さは二坪ほど、浅くて四角い菓子折りみたいなものだ。 (「田紳有楽」藤枝静男) ブルー・シティにはみんないなかった。手足が子供だましみたいな人形も今日はいない(人形は心の中ですべてを済ませるから、手足はいらないのだ、本…