57577 Bad Request

故障中のエレベーターで旅をする

2020-01-01から1ヶ月間の記事一覧

地名について

桜通りも椿通りも行きどまり/八木千代 『椿抄』 名前をつけるとは、行きどまりをつくることだ。行きどまりをつくらなければ、私は際限なくどこまでも先に進めてしまう。どこまでもとは、どこまでもだ。海という名前を知らなければ、そのだんだん深くなって…

こまやかな社交

「すっかり、そう見えるでしょう?」と、その兎は嬉しそうに咽喉をクックッと鳴らしながら言った。「でも、本当は人間なのです。多分。どっちでもいいような気も最近ではしますけれど」 (「兎」金井美恵子) 短歌はどれも、誰かの遠回しな自己紹介文なのだ…

ここへ来た理由

ところがこの無言劇役者が限界を踏み外しているのは、「赤き死」の化身を気取っているところにある。 (「赤き死の仮面」エドガー・アラン・ポー 巽孝之訳) かつて一度も会ったことがないし、姿を見たこともなく、想像したことさえないものだけが、私を扉の…

ハリボテの頭

山越えの右と左に幼な妻/小池正博 『句集 水牛の余波』 川柳にはシンメトリックなところがあるような気がする。つまり人間のシルエットにたとえるなら、川柳は右や左への体の傾きがあまり感じられないのだ。印象の話に過ぎないし、俳句には明るくないから短…

革命はテーブルの上に

鉄棒の上に座って口喧嘩 くるんとぶら下がって口づけ/穂村弘 『ドライ ドライ アイス』 上下のあるものは回転する。革命は必ず起きる。ただし、増えすぎた下が数の力で上を追い落とすのではない。重力のあるこの世で、下が増えることはそのピラミッドに安定…

人間の本性

性教育の先生だって犬だった。お尻のまわりの毛を赤く染めた犬や性器を充血させた犬、お尻とお尻をくっつけた犬のカップル、牝犬にすげなくあしらわれてしょげ返った牡犬等を目撃して私たちは不思議な感動を覚えた。 (「犬よ!犬よ!」松浦理英子) 動物に…

栞の本

草地のうえでの劇的で謎めいた出来事に私が興味を示していることに、ちょうど通りかかった人が注意を向け、旅行者と見てとって丁寧な言葉遣いで話しかけてくれた。 (「輝く草地」アンナ・カヴァン 西崎憲訳) 長い旅の中途に町に立ち寄った人と話をする。そ…

半分だけの乗り物

ドリームランドは、ま、云ってみれば僕の庭みたいなもの。というのも僕が通っていたドリーム学習塾はランド直営の塾で、ここの生徒になればランドの入園料がタダになるという特典付だったからです。 (『クレイジーケンの夜のエアポケット』横山剣) 遊園地…

たどり着いた二階

8階、8階、8階、よんできて観覧車 しばしばも贅肉のみずうみ/瀬戸夏子 『そのなかに心臓をつくって住みなさい』 作品というのは「二階から二階へ上る/下る階段」であるべきだと思う。でもたいていの作品は三階に上るか一階に下ってしまう階段だし、ひど…

口にする口

その前に、世の中の今まで駄目になった女の子の名前をあげてみようか。その中にいかにも、うってつけって感じの名前があるかもしれないからね。 例えばテッド・バンディに殺された女の子たち。アメリカの女の子たち。 (「ノート(ある日の)」岡崎京子) よ…

鏡文字

唇で君の右肩上のほうに字を書けと言われ、気持ち悪いよ/片岡聡一 『海岸暗号化』 鏡文字で書かれている言葉だけが信用できる。鏡文字で書かれ、紙に映されることで再反転して立っている言葉は、文字列の逆流のけはいを目の裏が受け止めるので、目の奥だけ…

時計の世界

腕時計をしたままだったので、夜の十一時であることだけはわかった。 (「奪われた家」フリオ・コルタサル 寺尾隆吉訳) 腕時計を嵌めている人たちを見ると、時計に目を落とすたびその人が煙のように文字盤に吸い込まれていくのがわかる。どう考えても、時刻…

掟の門

なつみさんは僕の斜め前の席だった。きのう四階から飛びおりたというのにちゃんと出席していた。 (「なつみさん」大槻ケンジ) 教室は何度も出てくる。夢の中では小学校と大学の区別もろくにつかなくて、自分の背丈もよくわからないけど、教室に気づいたと…

表紙しかない

あなたのおばあさんはいつかあなたを思い浮かべ、続いていくはずだった営みを想像しました。さあ、墓をいっぱい立てよう! (「うつし絵」大江麻衣) 毎日いろんな表紙のことを想像してたら、いつのまにか中身はどこかへ消えてしまった。今では本は表紙だけ…

地図の地図

京都市は大きな年賀状なのだ/平岡直子 『ウマとヒマワリ7』 われわれは「地図の地図」を「地図」とよぶことで、「地図」のことを「世界」とよぶことに繰り上げ当選させている。おそらくはその平面上をよこぎっていく蟻や蠅捕り蜘蛛や草鞋虫の不規則な歩行…