57577 Bad Request

故障中のエレベーターで旅をする

2020-02-01から1ヶ月間の記事一覧

縦と横

「人は、いつも引き裂かれている。上半身は空に向かおうとし、下半身は土に根を下ろそうとしている」 (「引き裂かれて」岸田今日子) 縦に長いものは人間に似てしまう。縦長のシルエットをもつものは、それが人間なのかどうか内容を十分吟味される前に、輪…

月光酔い

右目から月までの距離を求めよミクロン以下は切り捨てとする/二階堂奥歯 『八本脚の蝶』 ええそうなんです、おまわりさん。あんまりいい月がかかってたものだからうっかり散歩に出てしまって。気をつけなきゃいけないことは承知でした。私には、やっぱりこ…

ラブ&ピース

原価1円のコーラと、ミンチにされた牛肉が生み出す愛に全てが駆逐され、1990年代を生き延びることができなかった、資本主義的なLOVEは、ラブホテルのLOVEとして今も生き続けている。 (「『足の踏み場、象の墓場』全首評①」N/W)https://tomtanka.tumblr.co…

短歌目線

車と催眠術のつもりの対等な排気筒です、の中世界中/飯塚距離 「MY WOLF END」 わたしは自動車の免許を持っていないから、自動車目線でこの世をみたことがない。わたしは短歌をつくるから、短歌目線でこの世をみているところがいくらかはある。短歌を運転す…

わたしの刺青

シャボン玉口にふくんだような声ですが決して名前は呼ばないのです/飯田有子 『林檎貫通式』 自分ではみることのできない位置に刺青された名前を、みんながさまざまな読み方で呼んでくるので、あなたはいつまでたってもその刺青を自分でもみたことがあると…

例外の仕事

一日中考えてる事は辞める理由だけだ夢も希望もない (「血痰処理」逆柱いみり) かなりの人は仕事がつらそうな顔をしている。実際にそれを口に出していう人も多い。仕事がつらい理由の何割かは「それが仕事だから」という身も蓋もないところに本当の根っこ…

セクシャルな赤ん坊

たしかにわたしはセックス・アピールが何かなんて全然知らなかった。セックスそのものについては、なんだか怒ることと関係あるみたいだと思っていた。猫はそれの最中ずっと怒っているみたいだったし、映画スターもみんな怒っているみたいに見えた。 (「セッ…

神輿

風邪をひいてゆくことが音楽のようにひまつぶしになるなんて今頃/我妻俊樹 「年またぎ108短歌(2012~2013)」https://togetter.com/li/432856 わたしは今風邪をひいていて、風邪をひくといつも粘膜が存在感を増すことで自分が「通り道」なのだということを…

大人の迷子

工事中の広い道は途中で切れている可能性がある。前からあるらしい細い道のほうもあやしげだった。車一台ようやく通れるだけの幅しかなく凹凸もひどい。第一、二つの道は方角が九十度違うのである。 (「祇樹院」吉田知子) 大人の「迷子」とは道に迷うこと…

摩擦とめざめ

車掌と運転手は、自分たちにもわけがわからない、バスが勝手に走っているのだと、いきどおる乗客たちをなだめようとしました。 (「トロリーバス75番」ジャンニ・ロダーリ 内田洋子訳) いわゆる「結末から書きはじめる」ような小説に、短歌は似ているだろう…

すれ違う戸口

いずこにも風吹く秋に手足なき 人形 ( ひとがた ) たちのあわいをあゆむ/佐藤弓生 『モーヴ色のあめふる』 私は人形をひとつも持っていない。だが私は人形が好きだと思う。人間にとって人形との関係の結びかたはおもに二つの経路があるような気がする。ひ…

塔がみていた

京都タワーの案内看板の矢印を逆にたどれば第二京都タワーに辿りつけるはずよ (「イノセントワールド」panpanya) うちの近所の坂の上から、スカイツリーの先端部分が少しだけみえるらしい。天候のせいかまだはっきりとは視認できていないけれど、写真を撮…

歩く金魚

縁日には、おかまの聖子ちゃんが母さんと来ていた、蜻蛉柄の浴衣で/山崎聡子 『手のひらの花火』 浴衣は金魚っぽい。夏の風物詩どうしであることからの連想や、縁日の金魚すくいの水面を挟んですくう側とすくわれる側、であることの不均衡な鏡像めいた関係…

旅情生活者

時どき私はそんな路を歩きながら、不圖(ふと)、其處が京都ではなくて京都から何百里も離れた仙臺とか長崎とか――そのやうな市(まち)へ今自分が來てゐるのだ――といふ錯覺を起さうと努める。私は、出來ることなら京都から逃出して誰一人(だれひとり)知ら…

軽いまぶた

都会の建築というものはぼやけていて薄暗く、汚く、俗悪で、萎縮している。白雲ホテルはそんな建築のひとつだった。 (「そろばん」残雪 鷲巣益美訳) ホテルが好きか嫌いかと訊かれたら、好きなほうだと思う。ただホテルではあまり眠れない。ホテルのベッド…

最初の西友

おじさんは西友よりずっと小さくて裏口に自転車をとめている/永井祐 『日本の中でたのしく暮らす』 私の人生で最初の西友は現存していない。その町は私の人生で最初の〈繁華街〉だったけれど、のちに再開発で商店街が消え昔の面影はほぼ一掃されてしまった…

ひび割れて

初めのうちは、私の観察は抽象的な概括的な方向をとっていた。通行人を集団として眺め、彼らをその集合的関係で考えるだけであった。しかしやがて、だんだん詳細な点に入ってゆき、姿、服装、態度、歩き振り、顔付き、容貌の表情、などの無数の変化を、精密…

短歌には上下がある

宝箱みたことないからみつけたら青空のした釘付けになるかも/谷川由里子 「ドゥ・ドゥ・ドゥ」 https://utatopolska.com/entry/tanka-du-du-du/ 短歌には上句があって下句がある。〈五七五〉と〈七七〉という異なるフォルムをもつ両者がそこでかわしている…

夢から来たもの

ハンカチは警察官のかたちして/樋口由紀子 『セレクション柳人13 樋口由紀子集』 この世に存在する職業には大きく二種類あるんではないかと思う。我々が夜見る夢の世界に起原があるものと、そうではないもの。裁判官や検察官、弁護士など、司法にかかわる職…

ある日突然

死んだ奴が入学してきた。同じクラスになった。 完全に死んでいる。 (『ラジオの仏』山本直樹) 名前だけが自分のもので、他は全く心当たりがない。そういう人生にある日突然投げ込まれてしまったあなたが、名前の裏に隠れるようにして仕事をしていると(あ…

夜の惑星

雨夜の黒き澁滯一瞬に古家具の部屋に押し入りたり/葛原妙子 『葡萄木立』 夜降る雨と似ているものには、夜の川や夜の海のほかに、あるいはそれら以上に似たものとして夜の本が挙げられると思う。同じ方向へと降りそそぐ無数の文字のうち、光を浴びているわ…

壁の光

「私たちはみんな地獄にいるの。だけど、そのうち何人かは目かくしをはずして、何も見るべきものはないと見きわめたの。それもある種の救いでしょう。」 (「田舎の善人」フラナリー・オコナー 横山貞子訳) 言葉とは、私たちが生まれつき閉じ込められている…

韻律起承転結説

散らばりしぎんなんを見し かちかちとわれは犬齒の鳴るをしづめし/葛原妙子 『原牛』 もう少しましな、というか正確な名前がないかと思っているけれど、私の持論に「韻律起承転結説」というのがある。短歌が一首のうちに特定の子音や母音を何度もくりかえす…

声の聞こえる範囲

ナイフなど持ち慣れてない友だちに切られた傷の緑、真緑/兵庫ユカ 『七月の心臓』 人の心の傷つきやすさも、その傷の癒えがたさも、心そのものが傷でできているからには傷が癒えるとは極言すれば心が消えることを意味するのだし、心として生きるほかない我…

庭のある言葉

主庭は庭の中でも一番楽しみの多い部分で、一般には面積も他の部分より広いから、芝生、植込み、花壇、池などいろいろなものが作れます。 (『小住宅の庭』吉田徳治) とてもみじかい映画みたいな、他人の人生の挿話のような庭のある家に住みたいと思う。戸…

スイッチを探せ

Hは返事をするかわりに片方の袖をたくしあげ、二の腕にある染みのようなものを黙って指さした。 (「あざ」アンナ・カヴァン 岸本佐知子訳) きみの人生のどこかに、その人生をまったくべつの人生に変えてしまうスイッチがある。このことを疑う必要はないん…