建物には内側しかない
「でも、狂ったひとのとこへなんて行きたくないわ」とアリス。
「いや、そういうわけにはいかんね。このへんじゃ、だれでも狂ってるんだ。おれも狂ってるし、あんたも狂ってる」
建物というのはどれも滑稽だ。建物は胎児の頃のおぼろげな記憶を頼りに再現された、我々のおかあさんなのだ。だから本当は建物には内側しかない。胎児にとってみわたすかぎりの部屋の壁と天井と床、そのすべてがある宇宙。宇宙に裏側は、つまりおかあさんに外見などわれわれにとって存在しないものだが、もし宇宙に「これ以外」があったら? とあの頃ふと不安がきざしたとすればわれわれの梅の実のような頭をよぎったかもしれない光景。それがこの地上にふえつづける建物の外観のバリエーションであり、建物のある世界そのものである。
だが幸いにも胎児はそのことにいまだ気づかぬまま、窓も明かりもない部屋で全宇宙を満喫しているらしい。おはよう、宇宙! おやすみなさい、世界!