57577 Bad Request

故障中のエレベーターで旅をする

掟の門

なつみさんは僕の斜め前の席だった。きのう四階から飛びおりたというのにちゃんと出席していた。

(「なつみさん」大槻ケンジ)

 

教室は何度も出てくる。夢の中では小学校と大学の区別もろくにつかなくて、自分の背丈もよくわからないけど、教室に気づいたとたん私は教科書を忘れていたり、自分の席がみあたらなかったり、時には何十年も前の実家の自分の部屋にいて、箪笥に制服がみつからず狼狽えながら「どうせ遅刻だから昼休み明けにまに合わせよう」と時計を確かめたりしている。
これらの教室は、きまって授業が始まる前に消え失せてしまう、私と授業のあいだに立つ「掟の門」だった。時にはもう自分は中学生だと知っているのに、まちがえて登校してしまった小学校の昇降口に私は茫然と立っている。私がまちがえるから、授業がいつまでたっても始まらない。あるいはとっくに始まっていて、私はあのひとけない廊下のこちら端に置き去りにされているのだ。大学も高校も中学校も小学校も、私を置いて遠くへいってしまったのに、なぜか教室だけが気まぐれに何度も帰ってくる。そこではいつだって授業があとほんの少しで始まりそうだ。始まるのは授業なんかじゃないことを、数十年後の私はとうに知っているはずなのに、私は私に、それをつたえるすべを持たない。