57577 Bad Request

故障中のエレベーターで旅をする

栞の本

草地のうえでの劇的で謎めいた出来事に私が興味を示していることに、ちょうど通りかかった人が注意を向け、旅行者と見てとって丁寧な言葉遣いで話しかけてくれた。

(「輝く草地」アンナ・カヴァン 西崎憲訳)

 

長い旅の中途に町に立ち寄った人と話をする。その人が物憂く振り返る視線のゆくえに、無数のページがぱらぱらと畳まれていく一冊の本の存在を感じているとき、わたしたちはたった今その本に町ごと挿み込まれた自分がいるのを知るだろう。
栞とは、いつかページとして一冊の末尾に加わることを夢見て、本の中を旅していく紙片のことだ。だがこの旅は夢のながさを超えて続いていく。最後のページを通り過ぎ、次の本へと持ち越された旅はさらにまた次の本、次の本へと表紙を越え、扉をまたぎ、ページを継いで引きのばされ、いつかある一冊の途中で人生と同様さしたる理由もなく突然断ち切られるのかもしれない。
この世界に果てがあり、そこにはなぜか本棚があると仮定してみる。収められている本を一冊だけ想像するなら、すべての旅から解放されてきた栞たちを綴じ合わせ、本の形にした、しかしとても奇妙な外観の本ではないだろうか。
そこには読書家の期待に沿うものは何ひとつ書かれていないが、どのページにもかつてその紙がふれてきた無数の文字の気配がうつしとられ、旅人の見る夢のようにざわついているのである。