57577 Bad Request

故障中のエレベーターで旅をする

声の聞こえる範囲

ナイフなど持ち慣れてない友だちに切られた傷の緑、真緑/兵庫ユカ

『七月の心臓』

 

人の心の傷つきやすさも、その傷の癒えがたさも、心そのものが傷でできているからには傷が癒えるとは極言すれば心が消えることを意味するのだし、心として生きるほかない我々にはどうにもままならぬ話なのだ。
そのように説かれたところでやはり納得しがたいのは、それにしたって私の心ばかりがなぜこんなに脆く傷つきやすいのか? 誰もが胸にそう不満を抱えて生きているからであり、甲羅とは云わぬまでも、おもてを十分覆うべき皮膚さえ剥かれて生まれてきたような赤裸な無防備さは自分にだけ何か珍しいアクシデントが起きたとしか思えない。と、
こうした嘆きも「他人の心」を生きることが原理的に不可能である以上は、遠慮がちに押し殺した声でつぶやかれるほかないが、かといって胸から嘆きが消えることもけしてないだろう。
あるいはこの声が聞こえている範囲こそが心なのだというべきかもしれない。傷が口にするつぶやきはどれほど饒舌にみえても傷自身にしか聞こえない。人間の心を持つとは、およそ生きている間はとぎれないお喋りな傷のほとりに拘禁されることであり、われわれが不眠や多彩な悪夢に悩まされる生き物である理由もここにあるのだろう。私が眠っても傷は眠らないのである。