57577 Bad Request

故障中のエレベーターで旅をする

夜の惑星

雨夜の黒き澁滯一瞬に古家具の部屋に押し入りたり/葛原妙子

『葡萄木立』

 

夜降る雨と似ているものには、夜の川や夜の海のほかに、あるいはそれら以上に似たものとして夜の本が挙げられると思う。
同じ方向へと降りそそぐ無数の文字のうち、光を浴びているわずかな部分以外は私の目に入らないこと。街灯の環にそこだけ浮かび上がる雨と同じだ。ただし本の場合、時刻の昼夜を問わず、閉じられているときはいつも夜の側にいる。この世に存在する本のほとんどは閉じられた状態だし、まれに読まれているさなかでさえ見開き左右のページ以外は、すべて夜の側に置かれたままだ。ここは極端に昼の時間が少ない惑星のようだ。
夜降る雨のほとんどは私にとって地上のあらゆるものを叩く音としてある。文字もまたこの世界のあらゆるものを叩くことで、その響きの違いを紙の上にうつしている。ページを開いて、つかのま昼光に紙をさらす儀式は、そこに本当に文字が降っているのか抜き打ちでたしかめるためにしているのだ。夜降る雨は、すべて空耳なのではと不安になってしまうから。手持ちの本のほとんどの字を私は、実際には、背表紙から漏れる音として聞いている。