57577 Bad Request

故障中のエレベーターで旅をする

ある日突然

 死んだ奴が入学してきた。同じクラスになった。
 完全に死んでいる。

(『ラジオの仏』山本直樹

 

名前だけが自分のもので、他は全く心当たりがない。そういう人生にある日突然投げ込まれてしまったあなたが、名前の裏に隠れるようにして仕事をしていると(あなたの仕事は売れない作家である)玄関のインターフォンが鳴らされる。あなたはそれを無視する。ドアを開けたら、何か物を売りつけられるか、金を取り立てられると予想しているからだ。だけどこの人生は、あなたが知っているものとは少し勝手が違っていたようだ。閉じたままのドアの隙間から、紙のように薄い人が無断ですっと上がり込んできた。怒っていいのか、怯えていいのかわからず身動きできないあなたの前で、紙のような人は何かしきりに語っている様子なのだが、紙のように薄い肺が漏らす声はあなたに届かない。出ていってくれと云う勇気もなく、あなたはそのあきらかな不審者を無視することに決めた。
実はあなたの心には、自分でも知らない欲望が潜んでいる。紙のように薄い人間をみると性欲を掻き立てられるのだが、まだあなたは気づいていない。そいつを家から追い払えない理由を恐怖だとばかり思い込んでいる。無視しようとしてもつい振り返ってしまう理由。無意識に手の爪を噛んでしまう理由。膝と膝を小刻みにこすり合わせてしまう理由。そわそわと落ち着かないこの「まだ気づいてない欲望」という世界の入口で吹かれる風に、あなたの頬は上気している。紙のような人が背後から近づいてくるのを感じる。かさかさと、その手足が音を立てている。あなたの握りしめた校正用の赤ペンが、汗ばんだ指の下で、茹でたてのアスパラガスのように湿っている。