57577 Bad Request

故障中のエレベーターで旅をする

夢から来たもの

ハンカチは警察官のかたちして/樋口由紀子

『セレクション柳人13 樋口由紀子集』

 

この世に存在する職業には大きく二種類あるんではないかと思う。我々が夜見る夢の世界に起原があるものと、そうではないもの。裁判官や検察官、弁護士など、司法にかかわる職業には前者が多いような気がする。警察官もそのひとつだ。
警察官には夜が似合う。暗闇からぬっとあらわれたかれらに自転車の無灯火を注意されたり、足止めされ職質をくらったりといった記憶が両者を結びつけているのだろうか。
それにしては背景の闇に縫い付けられたようにいつも制服のかなたから話しかけてくるかれらは、間近にいると自分が穴の縁にでも立たされている気分になる。昼間の町でみかけても鼻のあたりにうっすらと月のかげが差しているのがわかって、あれは深夜からの使者であるしるしだろう。
たしかに私たちは、こう云ってよければ警察官を「生まれる前から」思い描いていた気がするのだ。うなされていたのかもしれない。あるいは今もうなされ続けていて、暗闇に浮かぶ制帽の下から呼び止められたときドキッとするあの感じは、ゆうべの夢の一場面が再現されつつある予感なのかもしれない。その声を聞いたあとの私は、マネキン人形のようにその場に棒立ちになり、ただ事のなりゆきを固唾を飲んで見守るしかないのだ。