57577 Bad Request

故障中のエレベーターで旅をする

軽いまぶた

都会の建築というものはぼやけていて薄暗く、汚く、俗悪で、萎縮している。白雲ホテルはそんな建築のひとつだった。

(「そろばん」残雪 鷲巣益美訳)

 

ホテルが好きか嫌いかと訊かれたら、好きなほうだと思う。ただホテルではあまり眠れない。ホテルのベッドで眠るとよく「ホテルのベッドでなかなか眠れずにいる」夢を見る。だから実際にはどれくらい眠って夢を見ていて、どれくらいは本当に眠れずにいたのかよくわからない。
ホテルはたまたまその晩私に部屋の鍵を預けているだけで、その鍵は数え切れない人の手をめまぐるしく渡り歩いてきたものだ。だからホテルの部屋のドアは、朝までしっかり閉じていてくれる重いまぶたとは思えない。ちょっとした風でめくれてしまうような、羽毛みたいに軽いまぶただ。
そのまぶたを暖簾のようにさっとくぐって誰かが訪ねてくる。べつに幽霊だとかそういう恐ろしげな存在ではなく、よく知っている身近な人物だったりする。用もなく部屋を訪ねてきて、わざわざ夜中にしなくていい話をだらだらと続けて居座っている。どういうつもりなのか、おかげでこっちは全然眠れない。だが知人はいっこうに気にする様子がなくベッドの端に座り込んで、勝手に冷蔵庫のビールを飲んだりして寛いでいる。うんざりした私はその状況から逃れるように目を覚ます。
こうして私は、眠りたいと切望した結果逆に眠りから覚めてしまうのだ。テレビでもつけてこれから朝までぼんやり眺めて時間を潰すか、知人のくだらないお喋りの続きを聞きに戻るかは、なかなかむずかしい選択だ。