57577 Bad Request

故障中のエレベーターで旅をする

夢の中の映画

Q 一番好きなシーンを教えてください。
A 『勝手にしやがれ』の、街灯が一斉に点くシーン。

(『ユングサウンドトラック』菊地成孔

 

夢の中で観た映画で震えるほど感動したことが二度だけあって、ひとつは大島渚の未見の作品、もうひとつはジョン・フォードの未見の作品という設定だった。どちらの映画もスクリーンやテレビ画面ではなく、自分がその映画の中に身を置きながら、登場人物でもありエキストラでもあり見学者でもあり、時には撮影するカメラ自体でもあるような視点から映画を眺めていたと思う。
この視点とは、わたしが映画を観ているときに「映画の中に用意されている席」の位置そのものかもしれない。わたしが現実に観る映画では、存在を画面の奥に感じながらもこの「席」にはけっしてたどり着けず、ただ自分が「席」から映画を鑑賞しているところを想像するにとどまる。目の前で光る画面は、どれだけ軽視して素通りしようともそのたび画面の外にわたしを目覚めさせるから、その向こう側にある「席」などまぼろしだったのだと思わざるをえないのだ。
だが夢の中で観る映画では、画面がまるで撮影などなかったかのように溶解している。そこでは逆に「映画の中に用意されている席」のみがわたしにとってたしかな存在であり、この特定しがたい「席」の視点から映画を眺めるという(現実には誰にもできない)ことだけができ、他のことは何もできないのだ。「席」と一体化したわたしは覚醒の世界のわたしと画面を挟んで対称をなしているだろう。もちろんわたしは客席から映画の中へと、あるいは現実から夢へと移動をなし遂げたわけではない。眠りにつくことは席の移動ではなく、ただスクリーン上のできごとがよくみえるように館内を暗くすることだ。