57577 Bad Request

故障中のエレベーターで旅をする

歯医者を増やせ

彼女の車は、西のほうに曲がると見えなくなった。ぼくはコーヒーカップを持ち上げちびりと飲むと、カップを置いた。テーブルには勘定書が置いてあった。一ドル八五セント。二ドル持っているから、チップと込みでどうにか間に合うな。でも、歯医者の治療費をこの先どうするかは、これはまた別の問題だ。

(「ジゴロのカップル」チャールズ・ブコウスキー 山西治男訳)

 

歯に何か問題をかかえると、歯医者のことが気になり出す。すると世の中にはこんなに歯のことを気にしている人がいたのかというほど、歯医者の看板が目に飛び込んでくるようになる。
ちょっと外を歩くたびに新しい歯医者がみつかるが、それはべつに歩くたびに歯医者が増えているわけではなく、わたしがこれまでの人生で無視してきた歯医者たちをひとつずつ、順番に心に招き入れているからだ。とても同時には受け入れられないだけの数の歯科医院が町にはすでに配置されている。コンビニよりずっと多いのではないか? 人々はコンビニへ行くような気軽さでたまたま目に入った歯科のドアをくぐり、そこにはコンビニの棚を埋めつくす商品の数ほど、わたしの歯をよりよく改善すべき理由が用意されているのだろう。
人として絶対に必要であって、生きるためになくてはならないもの。そんなものばかり厳選して買われていたら店はどんどん潰れて更地になっていくが、絶対に必要というわけではないものも買い続けているうちに、いずれその何割かが生きるための必需品に変わるだろう。だから今の日本でさえ昨日更地になった店よりも、昨日店になった更地のほうが依然として多いはずである。あるいは更地になった店のほうは、その商品ごとコンビニの棚の一角へとまとめて引っ越してきているのかもしれない。
歯医者は本来は、つまりわれわれの欲望の筋としてはもはやそうなるべきなのに、いまだコンビニの一部になるには社会的に厄介な問題をいくつも抱えている存在である。だから棚から締め出されて町に散らばりそこかしこと勢いよく増え続けることをやめられない。本当はコンビニの棚に並ぶべきものなら、コンビニの数より多いのも当然の話だ。ビタミン剤とプロテイン飲料のすきまに手をのばし、そこそこ優秀で安価な歯科医たちのどれにしようかと効能を一つずつたしかめる日は、おそらくコンビニの寿命の日よりずっと早く来ることになる。可能かどうかではなく、そうでなくてはならないほど、われわれが口の中にかかえる問題の数は、更地に歯医者を配置する速度では追いつけないものになりつつある。